Tamae Watanabe
○「ライフセーバー」としての歩み
1989年にライフセービングと出会い、以降18年間にわたり下田・土肥・熱川エリアでのパトロールに従事。
その間、全国に先駆けて子ども向けの体験型プログラム「ジュニアライフセービングコース」や親子で学べる「SHIPSベーシック(保護者向けプログラム)」の立ち上げを行う。
1995年に本場のライフセービングを学ぶために渡豪後、ゴールドコーストのサーファーズパラダイスSLSCや、サンシャインコーストのマルチドSLSCでブロンズ・シルバーメダリオン、IRBドライバー、インストラクターの資格を取得し、パトロールやトレーニングのみならず大会出場や講習会での指導の経験を積む。
現在は、日本ライフセービング協会の指導員、下田ライフセービングクラブ参与として、後進の育成やライフセービングの普及に尽力している。
○「パドラー」としての歩み
1994年にサーフスキー(ライフセーバーの使用するシーカヤック)と出会い、これを契機に本格的なパドラーとして始動。
1994年の「全日本ライフセービング選手権・サーフスキー部門」において、初出場ながら優勝。その後、1998年および1999年には連覇を達成。
1999年にアウトリガーカヌー(南太平洋などで用いられるカヌーの一種。安定性を増すために、カヌー本体の片脇あるいは両脇にアウトリガーと呼ばれる浮子(ウキ)が張り出した形状をしている)と出会う。
2001年にハワイ島で開催される世界でもっとも参加者の多い、アウトリガーカヌーのロングディスタンスレースである「QUEEN LILI'UOKALANI」に日本人女性として初参戦。
2009年に日本人初(アジア初)のチームとして、ハワイのモロカイ島からオアフ島に渡る世界最高峰のレース「Na wahine o ke kai」に参戦。毎年順位を塗り替え、2014年はオープンカテゴリーにおいて12位でゴールを果たす。
その他、シーカヤックによる知床半島の旅や、沖縄から奄美大島までの島々を渡るサバニ(琉球列島の漁業従事者に古くから使われていた漁船)でのレースに参戦するなど、パドラーとしての活動の場を精力的に広げている。
○「ナチュラル・ナビゲーター」としての歩み
2012年にこれまでの活動で得た様々な経験をベースに、自然界と人を繋ぐ「ナチュラル・ナビゲーター」として活動を開始。
主にスタンドアップパドル(サーフボードの上に立ち、波が形成する斜面を滑走したり、水面を漕いで移動するウォータースポーツ)、トレッキング、自力整体などのメソッドを軸とした「自然回帰プログラム」は、数多くのゲストから高い評価を得ている。
また、子供たちの無人島キャンプリーダーや、小・中学校や専門学校・大学の講師などの社会活動にも従事。
2017年に葉山の総鎮守である「森戸神社」にほど近い場所に、満を持してサービス拠点「R」をオープン。これまでのメソッドに加え、さまざまなワークショップの企画など、サービスの拡充を立案中。
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■ 主な戦歴
○ライフセービング
1989年、全日本選手権でCPR(心肺蘇生法)競技で金メダルを獲得。
その他、国内大会でサーフスキーやアイアンマン競技で、連覇を含む優勝や入賞に数多く輝く。
2000年、アイアンマンレースにCPR、2キロビーチラン、ビーチフラッグスの競技を加えたシリーズ戦で総合優勝。「真のライフセーバー」の称号を与えられる。
オーストラリア時代はマスターズでサーフスキーレースブランチ2位、州大会4位、全豪6位。世界大会にも3度出場。
○ドラゴンボート
2004年~2008年 東日本選手権4連覇、全日本選手権で4度の準優勝。
○ラフティング
2008年 ジャパンカップ優勝、ワールドカップに日本代表として出場し3位入賞。
○サバニレース(沖縄の伝統帆掛船)
座間味島から沖縄本島に渡る35キロのレースで、2009年から女子部門連覇中。総合(男女合わせて)でも、常に2位または3位に入賞中。
○アウトリガーカヌー
日本国内レースでは数々の優勝やクラブ総合優勝を経験。
2001年、ハワイのコナレースに日本人として初出場。
2009年、日本人初(アジア初)のチームとして、ハワイのモロカイ島からオアフ島に渡る世界最高峰のレース「Na wahine o ke kai」に参戦。毎年順位を塗り替え、2014年はオープンカテゴリー12位でゴールを果たす。
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